日本人を含む東アジア人に特有なAPOEレアミスセンスバリアントがアルツハイマー病の発症リスクを低下させる可能性を発見
2025年06月02日
概要
新潟大学脳研究所 遺伝子機能解析学分野の宮下哲典博士(准教授)、池内健博士(教授)らの研究グループは、国内の複数の医療・研究機関と共同で、日本人を対象として、認知症等のゲノム解析を展開しています。この度、アルツハイマー病※(AD)の発症リスクを低下させる可能性のある稀なアミノ酸置換を伴う遺伝子変異(レアミスセンスバリアント※:RMV)を、アポリポタンパクE遺伝子(APOE※)に見出しました。APOEはADのみならず、パーキンソン病や血管性認知症などの神経疾患、長寿、感染症、脂質異常症、心疾患等の疾患感受性にも影響を与える非常に重要な遺伝子です。本発見は、今後、様々な疾患へ波及することが期待されます。この研究成果は国際学術雑誌「Journal of Alzheimer's Disease」(注)に2025年5月に発表されました。
研究の背景:稀なアミノ酸置換を伴うバリアントによるAPOEの再考
ADは高齢者に最も多い認知症です。その発症や進行には加齢や生活習慣に加え、遺伝要因が深く関与しています(脳研コラム「環境的要因と遺伝的要因からみる認知症」)。ゲノムワイド関連解析※などにより、これまでに90ほどの遺伝子座・バリアントが同定されています。なかでも染色体19番長腕に位置するAPOEは、ADとの関連が極めて顕著なAD感受性遺伝子です。単独で、かつ強力にADの発症や進行を左右します。特にe4アリルはADの発症を若年化させると共に、感受性遺伝子でありながら原因遺伝子ほどの影響力があることが最近の研究から分かってきました。
ここ最近の抗アミロイドベータ(Aβ)抗体医薬の実用化に伴い、副作用であるアミロイド関連画像異常(ARIA)のリスク評価においても、APOEの遺伝型は重要な指標とされています(認知症に関するAPOE遺伝学的検査の適正使用ガイドライン)。特にe4アリル保有者ではARIAの発症頻度が高いことが示されて、個別化医療の観点から、APOEの意義が今まさに再考され、その重要性が再認識されています。
ADを取り巻くこのような背景も相まって、欧米では近年、APOEにおける稀なアミノ酸置換を伴うバリアント(RMVs)が、新たなAD関連因子として関心を集めています。一方で、日本人を含む東アジア人においては、これらRMVsの存在、集団内頻度、ADや末梢コレステロールとの関連については知見が乏しく、その実態はほぼ未解明でした。
目的:そもそも日本人に存在するのか?
日本人を解析対象としてAPOEのRMVsを同定し、整理することをまずは目的としました。同定されるRMVsは日本人に特有なのか、ADとの遺伝学的な関連はあるのか、また、末梢コレステロールレベルとの関連はどうなのか。これらを明らかにすることも目的としました。
検体・方法:日本人を解析対象として
日本人コホートである「新潟大学・NIG」(2,589人)と「東北メディカル・メガバンク・ToMMo」(3,307人)に含まれる計5,896人を対象に、APOEのRMVsを探索しました。また、AD患者6,261人と健常対照者16,331人を用いたケース・コントロール研究を行い、同定されたRMVsがADと遺伝統計学的に関連するかどうかを検討しました。さらに、APOE RMVsの保有者と非保有者との間で、末梢コレステロールの量に差があるのかどうかを検証しました。
主な成果:e7アリルがADに対して保護的に作用する可能性を示唆
14個のAPOE RMVsを同定しました(マイナーアリル頻度 = 0.02 - 0.73%)(図)。そのうち「rs140808909(p.Glu262Lys)」と「rs190853081(p.Glu263Lys)」の2個は隣接して存在し、APOEのコモンミスセンスアリルの1つであるe3アリルを背景として、完全連鎖不平衡(r2 = 1)の関係、すなわち、一方の塩基(ヌクレオチド)が決まるともう一方が必然的に決まる関係にあることが分かりました。この組み合わせ(ハプロタイプ)は、過去に日本人によって脂質異常症との関連で「e7アリル」として報告されていました。
ケース・コントロール研究によって、このe7アリルはADに対して保護的であることが示されました(オッズ比 = 0.70[95%信頼区間 = 0.54 - 0.92])。これはe7アリルを保因する方々のAD発症リスクが、保因しない方々のそれと比べて、低いことを意味します。ただし、この保護的効果はe4アリルで調整すると統計学的な有意差を失うことから、e4アリル依存的であり、かつ、その効果は背景であるe3アリルに起因する可能性が考えられました。
公共のゲノムデータベースを検索したところ、e7アリルは欧米人などでは認められず、東アジア人に限定的であることが確認されました。これは、APOEの遺伝的多様性とAD感受性との関係が、人種によって異なることを示唆しています。
今後の展望と意義:APOE RMVsに応じたADの予防法、治療法の創出
本研究では、日本人を含む東アジア人に限定的なAPOE RMVsとADとの関連を精査しました。このような人種特異的なRMVsは特定の集団に特化した予防医学や個別化医療の発展に貢献するものと期待されます。今後、e7アリルとADとの関連を確証するために、より大規模な東アジア人集団での追試や国際共同研究によるメタ解析を実施する予定です。将来的には、e7アリルが示す保護的な効果を活かした新しい治療法や予防戦略の開発へつなげたいと考えております。

研究成果の公表
本研究成果は、2025年5月21日に国際学術雑誌「Journal of Alzheimer's Disease」(注)に掲載されました。
注:インパクトファクターは3.4(Journal Citation Reports[出典:Clarivate, 2024])、Web of Science のh指数は171、SCImago Journal Rank指標のh指数は177、CiteScoreは6.4(Scopus)、h5指数は77(Google Scholar)、h5中央値は103(Google Scholar)です。
論文タイトル | Association of rare APOE missense variants with Alzheimer's disease in the Japanese population |
著者 | Miyashita A*,#, Obinata A#, Hara N#, Mitsumori R#, Kaneda D, Hashizume Y, Sano T, Takao M, Gabdulkhaev R, Tada M, Kakita A, Arakawa A, Morishima M, Murayama S, Saito Y, Hatsuta H, Matsubara T, Akagi A, Riku Y, Miyahara H, Sone J, Yoshida M, Yamaguchi H, Tsukie T, Hasegawa M, Kasuga K, Kikuchi M, Akatsu H, Kuwano R, Iwatsubo T; Japanese Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative; Niida S, Ozaki K, Ikeuchi T*.
*, Corresponding authors |
著者一覧(日本語) |
#:共同筆頭著者 †:現所属:国立⻑寿医療研究センター・認知症先進医療開発センター・診断イノベーション研究部 |
doi | 10.1177/13872877251340710 |
略語
- Aβ:amyloid beta
- AD:Alzheimer's disease
- ARIA:amyloid-related imaging abnormalities
- NIG:Niigata
- RMV:rare missense variant(複数形:RMVs)
- ToMMo:Tohoku Medical Megabank Organization
用語解説
- (※)アルツハイマー病:認知症全体のおよそ6〜7割を占める神経変性疾患。認知機能障害を中核症状として、緩徐に不可逆的に進行し、発症のおよそ10〜20年前には発症の原因とされるAβタンパクが蓄積し始めると言われている。今のところ根本治療薬はないが、抗Aβ抗体医薬であるレカネマブ(エーザイ・バイオジェン社:日本での承認は2023年9月)やドナネマブ(イーライリリー社:日本での承認は2024年9月)の上市によって、今後、より効果的なAD治療薬の開発が期待される。
- (※)APOE:染色体19番長腕に位置するアポリポタンパクEをエンコードする遺伝子。4つのエクソンから構成される。エクソン4に位置する2つのアミノ酸置換を伴うバリアント(rs429358とrs7412)の組み合わせによって、APOE-e2、e3、e4の3つのアリルが存在する。APOE-e3アリルは最も頻度が高く、中立な野生型アリルである。APOE-e3アリルに対して、APOE-e4アリルはアルツハイマー病の発症リスクを高め、APOE- e2アリルは防御的に作用する。
- (※)ゲノムワイド関連解析:ゲノム全体に散在している数十万から数百万以上のバリアント(個人間で違うヌクレオチド)を用いて、疾患と関連するバリアントや座位を同定する遺伝統計学的手法。通常、アリル頻度が1%以上のコモンバリアントが解析対象となり、疾患群(ケース)とその対照群(コントロール)との間で、アリルや遺伝型の頻度の違いを調べる。
- (※)レアミスセンスバリアント:一般的にアリル頻度が1%未満のバリアントはレアバリアントと定義されるが、その中でもアミノ酸置換を伴うレアバリアントのことを指す。上述したコモンバリアントに比べ、集団内の頻度は低いものの疾患感受性が強い、すなわち、疾患の発症や進行を左右する効果が強いことがある。ただし、頻度が低いことから、数万〜数十万人以上の検体数が解析に必要なことが多い。